社経研DP
2022.04.15
ロシアによるウクライナ侵略を踏まえた西側諸国のエネルギーを巡る対応―国際秩序の維持とエネルギー政策のトレードオフ―(2022年4月15日版)
- エネルギー政策
要約
2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵略を開始した。ロシアの一連の行動は深刻な国際法違反であり、国際秩序が根底から揺らいでいる。西側諸国はロシアの銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出し、ロシア中央銀行の外貨準備を凍結するなど、経済制裁を速やかに強めた。
他方、エネルギー分野での制裁は当初から難航した。エネルギー資源はロシアの輸出額全体の約半分(2021年時点)を占めており、米国等は速やかに禁輸を決定したが、EUは天然ガスのロシア依存度が4割を超えるなど、ロシアに依存している国々が即時には依存脱却できないためである。ただし、西側諸国の間では、一定の期間のうちに、ロシアへのエネルギー依存度を下げていくという方向性が明確に示されている。
本稿は、ロシアによるウクライナ侵略を踏まえた西側諸国のエネルギーを巡る対応(2022年4月8日時点)を整理した上で、エネルギー政策への示唆を考察することを目的とする。
西側諸国は、一部または全部のロシア産燃料の禁輸、ロシア産燃料への代替策の確保、備蓄放出による原油価格の抑制、エネルギー価格高騰への対策等を実施・検討している。特に代替策の確保においては、各国のエネルギー事情を踏まえ、国・地域ごとに時間軸に沿った対応を検討している。最終的な脱炭素化の方向性は維持しつつ、中長期的な代替策の確保において、脱炭素化と整合的な形での脱ロシア依存を追求しようとしている。
従来、エネルギー政策の基本的な目的は、①経済(economy)、②エネルギー安全保障(energy security)、③環境(environment)という「3つのE」であり、様々なエネルギー源を組み合わせて、3つの目的をバランスさせてきた。ロシアによるウクライナ侵略を踏まえ、国際法の重大な違反を許さないという「法の支配に基づく国際秩序」を守る観点から、西側諸国は一部のエネルギーの禁輸を実施し、脱ロシア依存を追求しているが、その過程で「エネルギー政策の3つのE」との間のトレードオフに直面している。また、部分的にはシナジーの可能性も出ている。具体的には、経済面では、エネルギー価格の高騰に伴う経済への悪影響というトレードオフ、エネルギー安全保障面では、代替策が整わない中で禁輸・脱ロシア依存に踏み切ると、エネルギー需要を満たせず、危機に陥りかねないというトレードオフ、環境面(脱炭素化)では、石炭火力への回帰が起きる場合のトレードオフと再エネ・原子力・省エネが代替策になる場合のシナジー等である。
禁輸・脱ロシア依存によるロシア側の収入減少効果は燃料間で一様ではなく、ロシア側が他の販売先により高値で燃料を売却できれば、逆に収入が増えるリスクもあることから、それぞれの燃料取引の特徴を踏まえて、ロシアの収入を最小化する形で、禁輸・脱ロシア依存を遂行するべきである。その際、“3E”とのトレードオフをどこまで受け入れるかが難題であり、国民がエネルギー価格の高騰をどこまで支持できるのかも課題となる。国際秩序が大きく壊れれば、日本の安全保障にも影響が及び、エネルギー面に限っても、紛争の増加やシーレーンの不安定化によって、エネルギーコストが増加し、さらにはエネルギーを海外に依存することすら困難になる可能性もある。国際秩序が維持されることで、エネルギーに限らず、経済・社会活動が支えられることを認識した上で、トレードオフに向き合う必要がある。