7月21日、バイデン大統領は11月の大統領選からの撤退を表明した。執筆時点では、ハリス副大統領が民主党候補となって、共和党のトランプ前大統領と対決する見通しである。
「もしトラ」で気候変動対策がどうなるかは、筆者の近著『グリーン戦争―気候変動の国際政治』(中公新書)(※)で詳述したので、ここでは、バイデン撤退の影響に絞って論じたい。
まず、パリ協定の下での次期削減目標(NDC)への影響である。2025年2月が提出期限だが、バイデン政権の高官は「年内に提出可能」と発言しており、選挙公約に絡めて、投票日前に発表する可能性があった。
しかし、バイデン撤退で先行きが不透明になった。目標を出せば、その実現は候補者の課題となって、選挙公約に干渉するためだ。
ただ、ハリス氏はバイデン政権の副大統領であり、現政権の政策の継承を打ち出せば、バイデン政権は投票日前にNDCを発表する可能性もある。実際、バイデン氏は、7月24日の撤退演説で、残り半年の任期で気候変動対策についても声を上げ続けると発言した。自身のレガシーとして次期NDCを残し、ハリス氏に引き継ぐ展開も想像できる。
もちろん、トランプ復権となれば、パリ協定を再脱退し、NDCも消滅する。
続いて、インフレ抑制法(IRA)の行方である。IRAは脱炭素投資を減税等で支援する法律で、2022年にバイデン政権が成立させた。しかし、トランプ氏や共和党はIRA、特にEVを購入する消費者への減税措置を強く批判しており、トランプ氏が当選すれば、IRA廃止を狙うだろう。
しかし、IRAは法律であるので、その廃止にも立法を要する。つまり、連邦議会で廃止法案を通す必要があり、大統領選と同日に行われる議会選の結果次第では廃止できなくなる。
実は、下院選はもともと大接戦で、バイデン撤退による追い風で民主党が共和党から多数派を奪取する可能性が少し高まった。仮にハリス氏が敗北しても、下院選では民主党が勝利するかもしれず、そうなれば、廃止法案は下院を通過しない。バイデン撤退はIRAの生存確率を高めたのだ。
ただ、その場合でも、トランプ政権となれば、法改正を要しない範囲で執行を遅らせ、IRAの効果を弱めるだろう。
最後に、激選州への影響である。今回の選挙では、天然ガス生産量が全米第2位のペンシルベニア州や、自動車産業が強いミシガン州などでの勝敗が大統領選全体の勝敗を左右するが、こうした激戦州では、脱炭素化への警戒感が根強い。
ハリス氏は、副大統領就任まではカリフォルニア州選出の上院議員で、反化石燃料的な「グリーンニューディール」を支持したが、議員時代の左派路線は、激戦州で弱みとなりうる。
他方、トランプ氏は7月18日の指名受諾演説で、グリーンニューディールをグリーンニュースキャム(新たなグリーン詐欺)と揶揄した。今後もハリス氏をこの言葉で批判し、激戦州の有権者に訴求するだろう。
実はバイデン氏は前回選挙時の2020年9月の討論会で、トランプ氏の同様の批判に対し、「グリーンニューディールを支持しない」と発言し、中道路線に寄せた。ハリス氏もトランプ氏の批判をどう乗り越えるかが問われる。
電気新聞2024年7月30日掲載
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