社経研DP

2024.09.27

原子力発電所運転差止めの判断基準について―裁判所は,原子力発電の公益性や原子力事故の頻度をどう位置付けてきたか―

  • 電気事業制度
  • 原子力

SERC Discussion Paper 24001

佐藤 佳邦  

要約

 原子力発電所をめぐっては,その運転差止めを求める民事訴訟が数多く提起されている.本稿は,差止めの可否の判断において,(1)原子力発電の公益性,(2)原子力事故の発生頻度という観点を,どのように位置付けるべきかを検討した.
 そこでまず,一般に人格権における差止めには「受忍限度超過」が必要とされ,その中で「公益性」が考慮されていることを判例・文献などからあらためて確認した.
 その上で原子力発電所の運転差止めに関する裁判例を,差止めの基準から,①具体的危険性があれば差止めを認め,原則として公益性などを考慮の外に置くもの,②受忍限度の判断で公益性を考慮するもの,③他に代替手段がないことなどを要求するもの,の3つに整理した.
 そしてこれらの裁判例について,以下のような検討を行った;①の裁判例は,差止めには権利侵害の程度が受忍限度を超えることが必要との判例と乖離することに加え,差止めの相手方や第三者の影響が考慮されない点で妥当ではない.また,事故の頻度の観点も捨象されている.③の裁判例も,差止めに通常求められるよりも高いハードルを課している点が判例と乖離している.これらに対して,②の裁判例は,差止めの一般論に従って原子力発電の公益性を考慮している点は判例と整合的と評価できるほか,受忍限度の枠内で事故頻度について考慮することも可能である.以上から,差止めを認容した判決であっても,その差止めの基準については,②が妥当であるといえる.
 今後裁判所は,差止め可否の判断にあたっては,原子力過酷事故の発生頻度の観点,原子力発電の公益性を考慮することが妥当である.なお,これらの点は,差止めを求められている被告(事業者)の側に主張・立証をする事実上の責任があると考えるべきである.

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