来年2月10日は、パリ協定の下での次期削減目標(NDC)の提出期限である。しかし、期限とするには、何とも中途半端なタイミングだ。なぜ年末やCOPの開幕時ではないのだろうか。
その理由は、パリ協定の交渉経緯にある。協定採択に向けた複雑な交渉は筆者の近著『グリーン戦争―気候変動の国際政治』(中公新書)(※)で詳述したので、以下では提出期限を中心に解説する。
NDCは「自国決定の貢献」の略称だが、この名称が含意するのは、排出削減目標を国際交渉で合意するのではなく、各国が自らの裁量で決めることである。この考え方は2013年に米国が提案したもので、2015年のCOP21で採択されたパリ協定に盛り込まれた。
実は米国の提案にはもう1つの要素があった。「草案→最終版」の二段階方式である。
狙いは草案から最終版までのリードタイムを長くとって、各国のNDC草案を他国やNGO等の評価に晒すことである。こうなれば、各国政府は国際的な批判を恐れて、草案段階から最大限に踏み込んだ目標を提出するので、最終版での目標強化が不要となる。米国は二段階方式の意図をこう説明した。
この提案に猛反発したのが、中国などの同志途上国連合(LMDC)である。建前は自国決定であっても、草案提出後の国際圧力で目標変更に追い込まれると懸念し、草案段階を省くべきと語気を強めて要求した。
多くの国で政治指導者が自ら目標を発表するようになっているなか、たとえば、中国の国家主席が発表した目標案が国際圧力で変更となれば、国内政治で厳しい問題となろう。このリスクの芽を摘むには、草案段階を拒否するしかないのだ。
米中の意見対立は交渉の終盤まで続いたが、最終的には、NDC提出年のCOPの「9~12か月前」までに提出で折り合った。中国などに配慮して、提出は1回だけとしつつも、米国提案の意図を汲んで、COPまでのリードタイムを長くとったのである。
提出期限が2月10日であるのは、この妥協のためだ。NDCは2015年を起点に5年ごとに提出で、2025年には原則として2035年目標を提出する。来年のCOP30はブラジルで開催され、11月10日に開幕のため、「9か月前」の2月10日が期限となる。
他方、「12か月前」は2024年の11月10日であり、アゼルバイジャンで開催されるCOP29の開幕前日である。そのため、COPの機会を捉えて、早期に提出する国が出てくるだろう。たとえば、COP28~30のホスト国のアラブ首長国連邦、アゼルバイジャン、ブラジルは次期NDC強化で連携し、早期提出への意欲を表明している。
気になるのは、11月5日の米国大統領選挙だ。激戦州の結果確定に時間を要すれば、22日のCOP29閉幕までに勝者が決まらないが、仮に民主党のハリス副大統領の勝利が早期に確定すれば、次期大統領として、COPに乗り込み、2035年目標を発表するかもしれない。
反対に、共和党のトランプ前大統領が早々に勝利すれば、協定再脱退が確定的となって、COPに暗雲が立ち込めよう。
COP後は2月10日まで、NDC提出ラッシュが続く。COP29を起点に激動の3か月となる。
電気新聞2024年10月8日掲載
*電気新聞の記事・写真・図表類の無断転載は禁止されています。
※クリックいただくと、中央公論新社のウェブサイトの当該書籍紹介ページに飛びます。