CO2の大幅削減に向けて、電源の低炭素化と需要側の電化を組み合わせることが有効であることは万国共通である。2010年代後半に入り、米国や欧州では再生可能エネの導入拡大や温暖化対策への関心の高まりを背景とし、電化の議論が盛んに行われている。そこでは、これまで電化が困難とされてきた産業部門についても、新たな革新的技術の検討や実証事例が増えてきた。我が国の脱炭素化を進める上でも、こうした動向を参考にすることが有効である。
本稿では新たな電化分野の動向を整理し、我が国の産業部門における電化ポテンシャルを概観する。
【電気分解水素による化学産業の原料代替】
有機化学は原料生成のためのナフサの熱分解工程があるために、電化が進みにくい分野とされてきた。しかし近年、水の電気分解で得た水素を用いて化学製品の原料を代替する技術が検討されつつあり、間接電化と呼ばれている。その電源をCO2フリーとすることで、脱炭素化に貢献する技術として期待されている。
【鉄鋼産業でも新たな電化技術が勃興】
鉄鋼産業では電炉シェア拡大という従来の電化経路に加え、新たな電化技術の検討が始まっている。例えばスウェーデンのHYBRITプロジェクトでは、再生可能エネ由来の水素を用いた還元技術の研究開発を進めている。この他、欧州のULCOSプロジェクト等では、鉄鉱石を直接電気分解する方法(電解採取)が研究されており、欧州鉄鋼連盟はCO2大幅削減のための一つのオプションとして取り上げている。
【産業部門の電化ポテンシャルは大】
以上のような技術や、ヒートポンプ等のすでに利用可能な技術を含め、我が国の産業電化のポテンシャルを把握するため、コストが大きく低減した状況を仮想し、最大限電化が進んだ場合の電力消費量を試算した(表)。ここではエネルギー消費量の大きい10業種を選んだ。
電力消費量は10業種計で約6460億kWh増加し、約8500億kWhとなり、産業部門だけで現在の我が国の販売電力量に匹敵する。紙・パルプ業等でボイラ用途をヒートポンプに代替する余地がある他、有機化学の間接電化では2千億kWh以上、鉄鋼産業の電化では3千億kWh近い電力消費量を見込む。経済性を度外視したポテンシャル評価ではあるが、最大限電化技術が入った場合の効果が大きいことを示唆している。
【脱炭素化に向けて革新的技術の活用にも期待】
本稿で紹介した事例はまだ研究開発段階にあり、さらなるコスト低減による経済性向上が不可欠であるものの、脱炭素化に向けて、こうした需要側の革新的技術にも貢献を期待したい。その際、省エネ・CO2削減効果に加えて、生産性向上等の副次的便益も踏まえながら、ポテンシャル活用に向けた取組みが進むことが期待される。
逆に、こうした対応が遅れるほど、非効率な技術が生産工程に固定化されるロックイン問題に直面してしまい、脱炭素化が困難になっていく。機を逸することの無い様、技術開発・普及や、それを後押しする制度の検討について、産官の緊密な連携が必要である。
電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 主任研究員
中野 一慶/なかの かずよし
2011年入所。専門は経済・電力需要分析。博士(情報学)
電気新聞2019年12月18日掲載
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