EUの排出枠価格が急落している。今年1月中旬に1トンあたり90ユーロを超えたが、3月19日には64ユーロまで下がった。EUの排出量取引制度(EUETS)の価格は様々な要因で乱高下を繰り返してきたが、今回の下落は加盟国の排出制約の緩和要求に市場が反応したことによる。まずはルールを確認しよう。
EUETSの根本的な排出制約は、制度全体での排出枠総量であり、これを毎年削減する。具体的には、2008~2012年の平均総量を基準とし、2027年まではその4.3%分を、2028年から2030年は4.4%分を減らす。このペースを続ければ、排出枠総量は2039年頃にゼロになる。
発行した排出枠は規制対象企業に無償で割り当てるか、入札で有償販売する。製造業企業には、各業種の上位10%の排出原単位をベンチマークとして排出枠を無償で割り当てるが、鉄鋼など一部の業種では2026年以降、無償分を段階的に削減し、2034年にゼロとする。枠不足の企業は入札や市場取引で排出枠を調達し、それが炭素コストとなる。
他方、発電事業者は既に全量有償であり、そのコストは電気料金に転嫁されている。コストの大小は加盟国の電源構成次第であり、一部加盟国は産業用需要家を補助し、コストを軽減している。
また、市場安定化のためにリザーブを設けており、排出枠の流通量が過剰な時は入札分の一部を繰り入れ、価格高騰時には排出枠を供出する。
欧州では、2022年のウクライナ危機後のガス価格や電気料金の高騰で製造業の競争力が弱まっており、コスト増加要因であるEUETSの緩和を求める声が強まっていた。そして、1月に価格が90ユーロを超えた頃から具体的な要求が出てきた。
まず、排出枠総量の削減ペースの緩和である。報道によれば、ポーランドは2039年頃ではなく、2050年にゼロとなるペースにすべきと主張している。ドイツやフランスもゼロとなる時期を2040年以降にすべきとの考えである。
次に、無償枠算定の根拠となるベンチマークの見直しである。実は2026年以降のベンチマーク水準がまだ決まっておらず、今年の無償枠の量が確定していない。産業界はこの水準を緩めるべきと主張し、EUの行政機関である欧州委員会が具体的な方法を検討している。
第三に、鉄鋼業などへの無償枠削減ペースの緩和である。イタリアなど10か国は2034年全廃では産業が生き残れないとし、後ろ倒しを訴えている。
第四に、排出枠をリザーブから機動的に供出することである。制度を大幅に変更せずに実施可能であり、欧州委員会が具体案を検討中とされる。
そして、イタリアのメローニ首相はさらに踏み込んで、発電部門に対するEUETSの一時停止を求めた。ホルムズ海峡の実質封鎖でエネルギーコストが高騰するなか、化石燃料価格が危機前の水準に戻るまで停止すべきとの主張である。
他方、スペインやオランダなど8か国は、制度の抜本的な変更は脱炭素への先行投資者を罰することに等しいとして警鐘を鳴らしている。
19日のEU首脳会議は欧州委員会に、リザーブ拡大などの電気料金抑制策の速やかな提示と、EUETSのレビュー結果の7月までの提示を求めた。産業の生き残りをかけた検討が始まる。
電気新聞2026年3月24日掲載
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