要約
2005年の制度開始以来、欧州排出量取引制度(EU ETS)は節目ごとに改正され、2023年には、2030年目標の達成に向けた排出上限(キャップ)の引き締め、対象範囲の拡大、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入に伴う一部部門の無償割当の段階的削減などを含む大幅な制度改正が行われた。その際、改正後の制度運用状況を検証するため、2026年に包括的な制度レビューを実施し、必要に応じてさらなる制度改正を行うこととされた。
しかしその後、EU域内ではエネルギー価格の高騰と脱炭素化に伴う負担が産業競争力を損なっているとの批判が強まり、産業界や一部の加盟国首脳から、キャップの緩和、カーボンクレジットによるオフセットの容認、価格安定化機能の強化など、制度の柔軟性を高めるための改革を求める声が相次いだ。他方、環境NGOは、これらの措置が規制緩和につながり、EU ETSの環境十全性(environmental integrity)を損なうとして反対したため、両者の対立が鮮明となった。
こうした状況の中、2026年7月17日に公表された制度改正案は、2040年に向けたキャップ削減経路の見直し、価格安定化機能の強化と柔軟な運用、カーボンクレジットの扱い、制度範囲の拡大と産業支援策の強化を一体的に取り込んだ内容となった。中でもキャップの削減率は、2040年目標との整合性を確保しつつも、カーボンクレジットの利用を織り込むことで、2023年改正時の想定に比べて緩和された。これにより、排出削減を促す価格シグナルは弱まる可能性があるが、一方で無償割当やオークション収入を活用し、産業部門の脱炭素化投資を支援する仕組みが強化された。
また、2026年は第4フェーズ(2021~30年)の後半が始まることから、5年ごとに設定される無償割当のベンチマーク値を更新する必要があった。2023年の制度改革では無償割当の方法を定める規則も見直され、改正後の規則に基づく2026~30年のベンチマーク値が、2026年6月に採択された。
本稿では、SERC23003「欧州排出量取引の制度改革:2030年55%削減に向けたEU ETSの改正とETS IIの新規導入」において取りまとめた2023年の制度改正以降の政策議論、2026年からの無償割当ベンチマークの更新、および第5フェーズに向けた新たな制度改正案の内容を概観する。EU ETS運用の過程で定期的に行われる制度見直しにおいて、2026年は節目の年であり、その議論と改革の方向性を知ることで、わが国のGX-ETSの今後の制度発展への示唆を得る。
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