電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(282)
電力需要構造の分析にはどのようなアプローチが求められるか?

電力需要の想定は供給計画や料金算定の前提になるものである。一般送配電事業者等は、電力広域的運営推進機関の需要想定要領に基づき、次の10年間の需要電力量や最大電力需要を想定する。

一方、燃料価格高騰や需給ひっ迫、脱炭素対応等、電力需給を取り巻く状況は複雑化している。経済産業省からは10年超の見通しが必要であると指摘されている。一般送配電事業者にはどのようなアプローチが求められるのだろうか。

実態の紐解き

実際に生じている電力需要変化を正確に捉えることは、すべての基盤である。代表的手法は経済見通し等のマクロ的指標との関係性を捉えるものであり、需要想定要領では原則として回帰式を用いることとされている。

しかし、こうした手法では捉えきれない事象やトレンドの変化が発生することもある。振り返ると、震災後の節電の効果やその継続性には高い関心があった。筆者らは当時、家庭や企業を対象としたアンケート調査から得られた使用量・意識・行動データを統計的に分析し、節電意識の低下にもかかわらず需要抑制の傾向が続いた理由を解明した。ミクロ的視点から説明性の向上を図る例である。

時刻別データをもとに、気温や曜日、トレンドの影響を取り除きながらkWhやkWに生じている変化を精査しておくことも有効である。筆者らが関東地域の約1万世帯のスマートメーターデータを用いて、コロナ禍発生から1年余りの電力需要を分析した結果、日中から夜にかけての需要の増加が顕著で、特に平日の変化が大きく、在宅勤務の増加に伴う冷暖房需要の増加も明瞭に確認された。

不確実性を考慮した将来分析

昨秋の電力・ガス基本政策小委員会で、計画的な電源投資支援の基礎となる10年を超える長期の電力需給見通しが欠かせないとされ、新たな枠組みを形成するとの方針が打ち出された。2023年度早期に検討を開始するとされている。

そこでも指摘されているように、長期の需要を扱う際には、過去のトレンドの延長ではなく、社会経済の構造変化も見据えたものにする必要がある。経済成長率や人口動態、再生可能エネの導入や省エネ・電化の進展、エネルギー価格や政策動向等、多岐にわたる要因が需要構造を変化させる。産業構造や熱・移動需要は供給エリアによって異なり、不確実性の幅を見ておくことが肝要である。

このような長期の需要分析の性格は10年先までのそれとは異なる。今後の論点整理を経て、実務的対応が求められるようになる。

方法論の知見獲得

以上のような対応を支えるためにも、需要構造分析の視点を広げ、高度化を図っていくことが望まれる。

PV大量導入に伴い昼間に需要が低下し夕方に急増する「ダックカーブ」が、カリフォルニアISOの報告で取り上げられてから、10年余りしか経っていない。米国北東部では、当面は夏のピークで年間最大需要が増えなくとも、電化の進展で冬にピークが発生するようになると年間最大需要が伸び始めるという見方もある。日本でも再エネ主力電源化、省エネの徹底や非化石化、さらには炭素賦課金や排出量取引の導入方針が示されるなど、変化のスピードが速くなっている。日本の背景事情を踏まえながら、海外の需要想定の先進事例から参考にすべき要素を抽出することも有益であろう。

新たなデータ駆動形アプローチを獲得することにも意義がある。データ解析技術は急速に進歩しており、スマートメーターの普及に伴いデータ解像度も向上する。グリッドデータバンクラボによるスマートメーターデータを用いた経済指標の早期把握の実証等が行われてきたが、より幅広い関連研究の知見を吸収していくことが有効であろう。

定型化と複雑化のはざまで

複雑な状況下で安定供給を実現するため、定型化された手法に新たな知見を取り入れながら需要構造を分析することがますます重要になる。一連のアプローチをより良いものにするためには、平均化された集計量に基づくマクロ分析と、個々の属性や行動に着目したミクロ分析の知見を融合することが求められる。技術的・政策的背景やデータ解析技術の理解も不可欠である。

著者

西尾 健一郎/にしお けんいちろう
電力中央研究所 社会経済研究所(兼)グリッドイノベーション研究本部 上席研究員
2002年度入所、専門は省エネ対策やエネルギー技術の評価。

電気新聞 2023年4月26日掲載

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