電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(312)
欧州の電気事業制度改革の中で需要家保護の制度はどのように整理されてきたか?

2024年に成立した欧州の第5次電力パッケージは、「ラストリゾート供給者」の定義を定めるとともに、各国にラストリゾート供給制度の導入を義務付けた。本稿では、規定の背景にある欧州での各種の需要家保護制度の混乱と、その整理に向けた動きについて見ていく。

第2次電力パッケージでの混乱の発生

ラストリゾート供給者という文言は、小売全面自由化を定めた2003年成立の第2次電力パッケージに見ることができる。家庭用需要家(各国が適切と考える場合には中小企業需要家も)へのユニバーサルサービスの提供を各国に要求することが盛り込まれ、ラストリゾート供給者はその提供者と位置づけられた。

第2次電力パッケージで規定された小売全面自由化の実施に合わせ、各国はラストリゾート供給制度を導入した。しかし、その対象者は「破綻供給者と契約をしていた者」「支払困難等の理由により供給者と契約できなかった者」「積極的・明示的に供給者を選択しない者」と様々であった。また、これらの需要家を「デフォルト供給」という名称の制度の対象としている国もあった。制度が並立している上に、ある国ではラストリゾート供給の対象とされた者が、別の国ではデフォルト供給の対象とされた例もあった。

第4次電力パッケージでも混乱は続く

エネルギー貧困等の理由で支払困難とされる脆弱な需要家には、契約解除の制限や支払方法の柔軟化といった支援策が各国で導入されていた。2013年に成立した第4次電力パッケージでは、脆弱な需要家やエネルギー貧困の概念を整理する規定が新設され、対象の明確化が図られた。

一方、ラストリゾート供給制度に関する混乱は続いていた。欧州各国のエネルギー事業規制者の団体であるACERによる2023年の報告では、ラストリゾート供給制度は本来「破綻供給者と契約をしていた者」への供給であるとされた。しかし制度には、「支払困難等の理由により供給者と契約できなかった者」への供給(個別的・基本的供給)や「積極的・明示的に供給者を選択しない者」への供給(デフォルト供給)といった機能も盛り込まれているのが実態であった。その結果として、制度の担い手や料金の決定、コスト回収の方法、対象需要家の種別といった点において、各国の制度の内容は一様ではなかった。

破綻供給者の多発を受けた対応

この取りまとめは、2020年末以降、卸売電力価格の高騰を受け、多くの供給者が破綻したことを受けたものであった。ACERの報告と同じ2023年に発表された欧州委員会スタッフの文書では、制度が明確性を欠き、対象となる需要家への情報提供も不十分であるなど、現状のラストリゾート制度の限界が示されたと結論付けられた。その上で、ラストリゾート供給は破綻供給者と契約をしていた者への供給であると定義し、これと合わせる形で、透明性ある形でのラストリゾート供給者の指名の義務付けや役割の明確化、情報提供の強化を提言した。これを受け、欧州委員会は第5次電力パッケージの案にこれらの規定を盛り込んだ。

欧州連合理事会・欧州議会と欧州委員会の間の協議の結果、規定の一部が修正された。各国で既に「ラストリゾート供給」制度が設けられていることとの整合性の確保や、ラストリゾート供給の継続期間の明確化等がその内容であった。

日本でも消費者保護制度の概念の整理を

第5次電力パッケージでは、ラストリゾート供給の概念の明確化が図られた。既に各国で各種の需要家保護制度が存在するという制約はあるが、概念の整理を通じ、制度の担い手や制度に不可欠の費用の負担、対象者の明確化を図る動きといえる。

日本でも、電力システム改革の検証の中、経過措置としての特定小売供給の在り方が話題となっている。その際には、ACER報告書のいう3つの機能に加え、「自由化実施当初の『規制なき独占』問題への対応」「三段階料金制度を通じた弱者保護」といった多くの役割を担っている現行制度の機能を分解し、概念整理を行った上で、機能ごとにその在り方についての検討が行われるべきである。

著者

丸山 真弘/まるやま まさひろ
電力中央研究所 社会経済研究所 参事
1990年度入所、専門は電気事業法制度論。

電気新聞 2024年7月10日掲載

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