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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(332)
電力の安定供給に向けた電力先物の役割とは?

電気事業の環境変化に伴う市場リスクの高まりを受けて、リスクヘッジツールとしての電力先物が注目を集めている。本欄では、電力先物が電力の安定供給に果たす役割について、ガス火力電源を例に述べたい。

電力先物とは

電力先物とは、将来の電力の取引価格をあらかじめ固定する契約である。電力システム改革に伴って、小売全面自由化や卸売の内外無差別などが進められた結果、卸売・小売ともに、電力スポット価格に連動する取引が増えた。電力先物は、スポット価格の変動リスクをヘッジしたい事業者のニーズに応えるツールとなる。

スパーク・スプレッド取引による発電マージン固定の役割

スパーク・スプレッドとは、ガス火力電源の将来の経済性を表す指標で、1kWhあたりの電力先物価格と、それを発電するのに必要なLNGの先物価格との差を指す。図に東京商品取引所の電力先物・LNG先物から計算した2025年度各月のスパーク・スプレッドを示す(計算時点は2025年1月末)。

図

例えば、8月限の東エリアのスパーク・スプレッドは2円/kWhを示しているが、これは8月の電力先物価格が、想定している電源の燃料コストより2円高いことを意味する。8月に当該電源に余力があれば、スパーク・スプレッドを売ること(電力先物の売りとLNG先物の買い)により、1月末時点で2円/kWhの発電マージンが固定され、8月に実際にLNG調達・発電・売電を行うことで利益が確定する。

柔軟な電源運用と燃料調達のための価格シグナルの役割

先物価格は、満期(月物の場合、限月)においてスポット価格に一致するように商品設計されており、満期までの日々の先物価格には、満期におけるスポット価格に影響を与える様々な情報が随時織り込まれていく。

仮に、上記のように1月末に8月の発電マージンを固定した後、3月末に何らかの地政学リスクが発生したとしよう。8月限のLNG先物価格はこの情報を織り込んで上昇し、スプレッドはマイナス2円/kWhになったとする。その場合、プラス2円で売り建てたスプレッドを、マイナス2円で買い戻して、合計4円/kWhの利益を確定できる。

この一連の先物取引に平行して、事業者は1月末時点で8月のLNG追加調達と追加発電を準備し、3月末時点にどちらもキャンセルする、という実運用上の対応を行う。

このように先物取引は、日々の先物価格に織り込まれる情報に反応して、実際の発電量とLNG調達量を調整する役割も持っている。

安定供給への貢献

各事業者が上記のような利益行動を継続して行うと、市場全体では、スプレッドがプラスの電源は発電し、マイナスの電源は発電しないことになる。結果として、先物価格をシグナルとしたより安価な電源による電力供給が実現される。

また、LNG調達も同時に調整されるため、燃料調達の面で、電力の安定供給に貢献する。LNGスポット調達のゲートクローズは実需給の2ヶ月前のため、電力スポット市場の約定結果が分かってから調達に動くのでは間に合わない。先物価格をシグナルとしてあらかじめ調達量を調整することで、実需給断面での燃料不足や燃料余剰のリスクを回避できる。

市場の発展に向けて

ガス火力電源は現状で国内発電電力量の3割~4割を担っているが、2050年カーボンニュートラルに向けて主力となる再エネ電源の出力変動をバックアップするため、より柔軟な電源運用と燃料調達への期待は大きい。

先物取引に関する理解や関心が高まり、伸び盛りの市場が更に盛り上がって、電力の安定供給に繋がることを期待したい。

著者

遠藤 操/えんどう みさお
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員
2008年度入所、専門は金融工学・市場リスク分析、博士(工学)。

電気新聞 2025年5月14日掲載

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