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旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ) 

旬刊 EP REPORT EWN(第2161号)
EU「40年90%減」の新目標 最大5%の排出量取引を活用
目標達成には険しい道のり

欧州連合(EU)の環境理事会は11月5日、温室効果ガス(GHG)の排出量を、2040年に1990年比で90%削減することを決めた。EUはこれまでに、2030年に1990年比55%削減、2050年に気候中立(ネットゼロ排出)という目標を定めている。今回新たに「40年目標」を設定したことにより、今世紀半ばまでの目標が出そろった。

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40年目標の設定は、21年に制定された欧州気候法(European Climate Law、規則2021/1119)に基づく。同法では、50年気候中立目標を定めた上で、中間目標として30年と40年の目標設定を義務付けた。そしてEUは、23年から2年間をかけて40年目標の検討を行ってきた。「90%削減」という数字は、昨年2月時点で欧州委員会が提案していたものだ。 欧州委員会はEU市民への意見照会や、気候変動に関する欧州科学的助言機関 (ESABCC)による提言などを踏まえて、この数字を提案した。しかし、欧州委員会の提案後、40年目標の検討は一時休止した。EUが5年に1度の政治シーズンに突入したためだ。

今年に入ると、新たな体制の下で、40年目標の検討が再開された。特に、フックストラ欧州委員(気候変動担当)が中心となり、27のEU加盟国の合意を得るための調整が行われた。この過程では、目標の数字もさることながら、目標達成の「条件」が争点となった。最大の争点は「海外クレジットの利用」だ。

20年以降、EUは「欧州グリーンディール」を旗頭に、積極的な気候変動対策を打ち出してきた。「90%削減」はその延長線にある。しかし昨今では、ロシアによるウクライナ侵略以降のエネルギー価格の高騰や、米国や中国との戦略的競争の激化などを背景に、「競争力の強化」がうたわれるようになり、気候変動対策の優先順位は相対的に低下した。そのため、「90%削減」という目標に対しても、東欧諸国を中心に、慎重な姿勢を示す国が少なくなかった。

そこで俎上(そじょう)に上がったのが、他国との排出量の取引、いわゆる「海外クレジッ卜」である。EUでは、30年目標はEU 域内の排出削減のみによって達成することになっている。しかし、40年目標については、海外クレジットを利用することによって、EU域外での排出削減を、EUの目標達成に算入する。

EU内には海外クレジットの利用に慎重な勢力も少なくないが、5月、ドイツ新政権の発足が分水嶺となった。ドイツは、政権発足にあたって策定した連立協定にて、40年目標の「最大3%」まで、海外クレジットの利用を認めた(EPレポート第2143号参照)。これにより、EUとして海外クレジットの利用を許容する方向に大きく傾いた。

最終的には、36年以降に品質の良い海外クレジットを「最大5%まで利用することを認めた。それを受けて「EU域内で85%削減に相当する」との文言も付された。これにより「90%削減」という目標自体は変えないまま、慎重な国の同意を取り付けた。

さらに、将来的な目標の見直しの可能性も残された。欧州委員会は2年ごとに実施状況を評価・報告する。特に、自然かく乱(山火事など)によって、森林などによる吸収量が減少する場合、欧州委員会は目標の調整を提案し得る。

もう一つ、40年目標と同時に検討されていたのが、パリ協定に基づく「国が決定する貢献(NDC)」である。パリ協定ではNDと呼ばれる排出削減目標を、5年ごとに提出することを義務付けている。今年はNDCの提出年であり、「35年目標」の提出が奨励されていた。

ここで問題となったのが「35年目標」の決め方である。欧州気候法に基づくEUの排出削減目標は10年刻みであり、厳密には「35年目標」は存在しない。そのため、何らかの形で35年の排出削減の水準を算出する必要があった。

35年の排出削減の水準の算出には、二つの考え方があった。一つは50年気候中立目標を基にするもの、もう一つは40年目標を基にするものである(いずれも起点は30年目標)。35年の排出削減の水準は、前者では66.25%、後者では72.5%となる。NDCとしてどちらの 水準を提出するか検討した結果、両者を併記し、幅を持たせる形となった。

EUは今後、40年目標を達成するための施策の検討に入る。排出量取引制度 (EU-ETS)をはじめとして、現行の制度は30年までを対象としていることから、30年以降の制度設計が必要となる。実は、40年目標の調整の過程から、今後の制度設計を見据えた駆け引きは始まっている。40年目標を決定した環境理事会の文書にも、将来の制度設計にあたって、「国ごとの異なる事情に配慮する」「消費者物価やエネルギー貧困への影響に注意する」「EU内のエネルギー生産を促進する」「炭素除去の現実的な貢献を考慮する」などの要件が付された。40年目標の設定は、EUの気候変動政策において重要なマイルストーンである。しかし、2年にわたる目標の検討過程を見ても、EU加盟国間の意見の隔たりは小さくない。掲げた目標の実現に向けた道のりは決して容易ではないだろう。

著者

堀尾 健太/ほりお けんた
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員

旬刊 EP REPORT 第2161号(2025年12月1日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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