電力経済研究 No.70

2025年2月

フランスにおける「専用資産」による原子力発電所の廃止措置・廃棄物処分のための資金管理

Securing the Finance for the Back-end of Nuclear Fuel Cycle in France:
Management and the recent status of “Dedicated Asset”

  • キーワード:
  • フランス
  • EDF
  • 原子力バックエンド
  • 内部分離勘定
  • 専用資産

要旨

フランスの原子力バックエンド事業は、国有企業のEDFが実施主体となって進めているが、そのための資金は、一部を除き、EDFが自社内部の分離勘定において、「専用資産」という形で確保することになっている。この専用資産は、譲渡不可で、資金としての使途はバックエンド事業に限定されている。また、その価値は、現在価値換算した将来のバックエンド事業の総費用の水準を上回るように維持することが求められている。近年においても、専用資産の価値は必要な水準を上回って維持されているが、政府がEDFの株式の100%を保有する国有企業となったことなどに留意する必要がある。

1. はじめに

 フランスは、米国に次ぐ原子力大国であり、原子力発電の利活用を積極的に進めてきた主要国の一つである。フランス国内の発電電力量に占める原子力発電の割合は約70%(2019年)とわが国よりはるかに高い。また、フランス国内の58基(全てPWR)全ての原子力発電所は2023年に完全に国有化されたフランス電力株式会社(Électricité de France: EDF)が所有し、運転している。複数の民間事業者がそれぞれ原子力発電所を所有、運転しているわが国とは事業体制が異なる面があるものの、市場競争の中で原子力の活用を進めている点など、わが国との共通点もある。また、完全国有化されたものの、一義的には事業者のEDFが、原子力バックエンド事業に必要な資金を確保する責任を負っている。ただし、英国の新設炉や米国、スウェーデンのように外部の独立した基金に拠出して管理する方法ではなく、事業者内部の分離勘定で確保されている。フランスのバックエンド事業の資金確保の特徴は、将来の事業の遂行に必要な資金が、譲渡不可で、廃止措置と廃棄物管理のために使途が限定される「専用資産」という形で確保、管理されていることにある。本稿では、そうした「専用資産」によるバックエンド事業の資金確保の仕組みについて明らかにするとともに、自由化が進展し、EDFの経営環境も厳しくなってきている近年において、どのような状況にあるのかについて評価する。

 以下、第2章では、フランスの原子力バックエンド事業の概要について述べる。続いて、第3章では、「専用資産」によるバックエンド事業の資金確保の基本的な考え方を確認するとともに、具体的な仕組みについて述べる。第4章では、近年の専用資産の管理・運用について述べる。最後にまとめとして、専用資産による資金確保の意義や課題について述べる。

2. フランスのバックエンド事業の概要

2.1. フランスの原子力発電とEDF

 既に述べた通り、フランス国内の発電電力量の約7割は、原子力発電によるものである。近年の発電電力量と電源構成の推移を示したのが図1 である。

 もっとも、フランスの長期的な原子力発電の利活用をめぐっては、政策の変更もあった。2015年の「エネルギー移行法」で、当時の設備容量63.2GWを上限として、2025年までに、原子力発電のシェアを50%までに低下させることになっていたが、2019年には、エネルギー移行法の改正法である「エネルギーと気候に関する法律」により、2050年カーボンニュートラルを目指すこととなり、その中で、原子力発電のシェアを50%に削減することについては2035年まで先送りすることとなった。さらに2021年11月には、マクロン大統領が、原子力発電所の建設の再開を表明し、2022年2月の演説で、2050年までに欧州加圧水型炉6基の建設と、さらに8基の建設に向けた検討を行うことを表明している。

 フランス国内のすべての原子力発電所を所有、運転するEDFは、2023年6月には、株式の100%をフランス政府が所有する、完全な国有化を完了しているが、元々国営事業者であり、2004年に株式会社化されたものの、その後も、株式の大半を政府が所有し続けていた(2022年時点では84%)。そのEDFが独占してきたフランスの電力市場は、2000年代に入って自由化され、2007年には小売電力市場が全面自由化されている。ただし、自由化後も規制料金が維持され、EDFは規制料金の需要家と自由料金の需要家の両者に供給を行っている。全面自由化から4年が経過した2011年の小売電力市場におけるEDFのシェアは8割程度であったが、その後徐々に低下し、2024年には6割程度のシェアとなっている(図2)。

 フランス国内の小売電力市場でのシェアは低下しつつあるものの、EDFはフランス国内の発電事業と小売電気事業で、2021年までは一定の収益を確保し続けていた。図3は、EDFのフランス国内の発電と小売電気事業における税、利払い、償却前の利益(EBITDA:Earnings before income tax, depreciation and amortization)とEBITDAマージンの推移である。その背景には、原子力発電所が安定的に稼働してきたことなどがある。

しかし、配管の腐食に関する調査で複数の原子炉が稼働を停止したことなどにより、原子力発電の発電電力量が減少した2022年には、フランス国内での発電・小売電気事業の業績は悪化し、EBITDAも大きくマイナスとなった。

 また、EDFグループ全体での負債比率も上昇して9割近くとなり、財務体質も悪化した(図4)。完全国有化された2023年には業績は大きく改善したが、EDFも経営が不安定になるリスクを抱えていることが明らかになったと言える。

 2021年以前においても、EDFの財務体質は健全とは言い切れず、EDFの信用格付けも自由化以前と比較すると大きく引き下げられている(Wimmers et al. 2023, p.56)。2011年以降、EDFが年間の原子力発電の発電電力量の約4分の1に相当する100TWhを規制された価格で新規参入者に卸売りする義務を負うARENHと呼ばれる制度が導入され、市場価格が高い時でも安い価格で販売しなければならなかったことが、EDFの経営を悪化させる一因ともなっていた。

2.2. フランスにおける原子力バックエンド事業

 フランスにおける原子力発電所の廃止措置(解体・廃炉)は、ライセンスの保有者である事業者のEDFが実施する。EDFは廃止措置作業の開始にあたり、その計画を作成し政府に提出する他、実際の進捗については原子力安全機関(Autorité de Sureté Nucléaire, ASN)から承認されなければならない(EDF, 2024)。2009年以降、ASNによって、フランスでは即時解体の方針が採用されており、2015年に法制化された(Wimmers et al. 2023, p.45)。廃止措置の最終的な状態は、サイトごとに法令で定められるが、基本的には他の目的でのサイトの使用を可能にする状態が求められている。ただし、ライセンス保有者が、技術的または経済的に正当な理由で、それが困難であることを説明し、ASNが認めれば、最終的な状態については合理的な範囲で定めることができる(Wimmers et al. 2023, p.46)。その一般原則は、環境法L.593-25条からL.593-30条に定義されている。

 原子力発電所から発生した放射性廃棄物の管理は国家放射性廃棄物管理機関(Agence Nationale pour la gestion des Déchets Radioactifs, ANDRA)が行う。高レベル放射性廃棄物および長寿命中レベル放射性廃棄物の処分については、ANDRAが「可逆性のある地層処分」の事業化に向けた取り組みを進めており、2023年1月には、地層処分場の設置許可申請書を政府に提出している(原子力環境整備促進・資金管理センター, 2024)。ただし、ANDRAが処分施設に放射性廃棄物を受け入れた後も、その所有権は廃棄物の発生者であるEDFに留まり、ANDRAに所有権が移転することはない(OECD/NEA, 2021)。

 なお、フランスは使用済燃料の再処理を行う政策を採っており、Orano社(旧Areva)がラ・アーグ(La Hague)の再処理工場を操業している。

 2004年の株式会社化以降も、EDFが実質的に国有企業であるという状況があり、バックエンド事業に関する国と事業者の責任の分担は必ずしも明確ではない側面もあるが、バックエンド事業のための資金を確保する経済的責任は、発生者負担原則に基づき、一義的にはライセンス保有者であるEDFが負うこととされている(OECD/NEA, 2021)。

 現在、廃止措置中のフランスの原子炉は表1に示すとおりである。フランスでは、廃止措置が完了した原子炉はまだない。

3. バックエンド事業のための資金管理

 フランスの原子力バックエンド事業に関しては、2006年の放射性廃棄物の研究と管理に関する新しい法律(「新廃棄物法」)によって、費用の評価方法や資金の管理方法などが定められている(European Commission, 2013a, 2013b, OECD/NEA, 2021)。

3.1. バックエンド事業の資金確保の類型

 藤井(2014)や山内(2019)が既に紹介しているように、欧州では、バックエンド事業のための資金の管理を事業者の内部(internal)の勘定で行う国と、事業者の外部の独立した基金等で行う国がある。さらに、内部勘定で管理する場合も、バックエンド事業にその使途を限定し、事業者の他の資金とは分けて管理する分離勘定(segregated account)とする国と、そのような区別をしない一体勘定(non-segregated account)とする国がある1)。フランスの商業炉のバックエンド事業の資金は、ライセンス保有者内部の分離勘定(internal segregated account)で管理される。欧州の多くの国では外部基金の形をとるのが主流となっているが、他に内部分離勘定を採用している国として、ベルギーやチェコ、ポーランドがある。なお、フランスでも、将来の貯蔵施設に関する研究や建設のための費用についてはANDRAに設置された基金にEDFの他、Oranoや原子力・代替エネルギー庁(Commissariat à l’énergie atomique et aux énergies alternatives, CEA)が資金を拠出することとなっている(European Commission, 2013)。

3.2. 専用資産による資金確保とその仕組み

 事業者内部の分離勘定としたフランスで、バックエンド事業の費用を賄うために用いられるのが、「専用資産」である。この専用資産については、十分に安全で流動的でなければならないとされており、譲渡不可である。専用資産で確保される資金は、バックエンド事業のためだけに用いられる。EDFが経営破綻した場合、専用資産に対する請求権は政府が有している。こうした「専用資産」によって、現在価値換算した、将来のバックエンド事業の費用を賄うための資金の大半をあらかじめ確保しておくことが事業者に義務付けられているのである。すなわち、原子力発電所が運転を開始する時点でその発電所の将来の廃止措置以降のバックエンド事業の費用は全額確保されるということである(OECD/NEA, 2016a, p.121)。なお、EDFは1999年から専用資産による資金確保を始めていた(OECD/NEA, 2016a, p.132)。また、専用資産による資金確保は2006年の新廃棄物法で法制化されたが、2010年までは移行期間とされていた(Irrek, et al. 2007, p.25)。

 図5は、専用資産でバックエンド事業の資金を確保するイメージである。すなわち、EDFは、(1)将来のバックエンド事業の費用を見積り、(2)割引率を用いて、それを現在価値に換算して引当金(Provision)とし、(3)そのうち専用資産で確保すべき費用項目の合計額に対し、(4)その金額以上の実現可能価額(realizable value)を有する専用資産を確保することになっている。

 以下では、この順番で、それぞれの規則などについて述べる。

3.2.1. バックエンド事業の費用の見積

 廃止措置に必要な金額を見積もる責任は事業者(ライセンス保有者)が負う。見積もりの方法論はEDFが独自に定め、政府の審査を受けることになっている。政府は、EDFに説明を求めたり、外部監査を要求したりすることができる。

 PWR(第2世代)については、2016年以降、まず、その世代の初期の900MWの代表的な原子炉のエンジニアリングコスト、解体工事、放射性廃棄物の処理・処分の全てを分析した結果に基づくことになっている(EDF, 2021)。より大きな原子炉(1300MW)については、この初期の原子炉の推定結果に調整係数を適用して推定することになっている。

 また、後続の原子炉の廃止措置費用については2つの追加的な効果を考慮する。一つは、原子炉の類似性によって生じる経済性を反映する「シリーズ効果」(費用の9%の節減に相当)で、もう一つは、同じサイト内に複数の原子炉がある場合の規模の経済性を反映する「相互化効果」(費用の7%の節減に相当)である(EDF, 2024)。これはEDFが国内すべての原子炉の廃止措置に取り組むことで得られるメリットと言える。

 見積費用は定期的に見直しが行われ、修正されることもある。これまでに、特に第1世代の原子炉(UNGG炉)については、廃止措置費用の見積もりが複数回見直されている。

 高レベル放射性廃棄物及び長寿命中レベル放射性廃棄物の処分費用については、ANDRAが見積を行い、最終的にエネルギー担当大臣が処分費用の見積額を決定するとされている(原子力環境整備促進・資金管理センター, 2024)。

3.2.2. 割引率の設定と現在価値換算

 将来に発生するバックエンド事業の費用を現在価値換算するための割引率はEDF自身が毎年設定するが、その上限は大臣の命令によって設定されており、また、専用資産の期待収益率を上回らないようにする必要がある。2023年末に使用される割引率として計算された上限は物価上昇率を考慮した実質の割引率で2.85%であった(EDF, 2024)。2020年6月までは、フランスの中長期国債の利回りの10年分の移動平均値に、格付けAからAA相当の社債のスプレッドを加えたものとして計算されていたが(EDF, 2021)、2020年7月以降は、複数の金利カーブを組み合わせる方法で計算している。前提条件等の変化により、計算される割引率は毎年変わりうる。2022年末に適用された割引率も、金融政策や経済環境のリスクの高まりを受け、前年の実質割引率2.0%から上昇している。割引率が変化することにより、見積費用に修正がない場合でも、現在価値に換算される引当金(負債)の金額は変化することになる。

3.2.3. 専用資産で確保すべき費用項目

 専用資産は、将来のバックエンド事業のための引当金のうち、使用済燃料の管理、長期の放射性廃棄物管理、および廃止措置及びラストコアの費用のためだけに確保される。使用済燃料の管理には、使用済燃料を搬出し、貯蔵することが含まれる。ただし、再処理の費用は、引当金として計上されるものの、専用資産で確保しておく義務はない(OECD/NEI, 2021)。「ラストコア」の引当金は、原子炉が恒久停止された際に炉内に残っている、部分的に照射された燃料の廃棄に必要な将来の費用を賄うためのものである。これには、使用されなかった燃料の損失に伴う費用と処理のために生じる費用が含まれる(EDF, 2024)。

3.2.4. 専用資産による資金の確保と運用

 EDFは、様々な形で専用資産を確保し、その実現可能価額(realizable value)が、専用資産で確保すべき費用の現在価値を常に上回るように管理することになる。バックエンド事業のために確保した資金を投資で運用することは他国でも行われているが、EDFの専用資産については、EDFの投資子会社(EDF Invest)によって運用が行われ、その結果、実現可能価額は毎年変動する。

 EDFは、このような専用資産の実現可能額や必要な費用の見積額について、定期的に報告する義務を負っている(European Commission, 2013)。ライセンス保有者は、3年ごとにエネルギー及び経済を担当する大臣に放射性廃棄物の管理・処分に必要な全ての費用に関する詳細な報告書を提出しなければならない(環境法典L.594-4条)。また毎年、報告書の結論に影響を与えうる全ての事象について報告書を更新する必要がある。この報告書において、ライセンス保有者が責任を負う費用(負債)や、費用計算に使用された方法などを説明しなければならない。評価で不十分とされた場合、政府は具体的な措置を講じることができる。大きな変化があった場合には、これらの資産のリスクに関する内部評価を実施しなければならない。また、EDFは、専用資産の目録について、行政当局に、3ヶ月(四半期)ごとに報告する必要があり(環境法典D.594-11条(2))、年に1回もしくは大幅な変更がある場合、費用の見積額と専用資産の評価額について報告する必要がある(環境法典L.594-4条(2))。なお、専用資産は、廃止措置などが進捗した場合にのみ削減(すなわち資金の取り崩し)が可能となる(環境法典L.594-3条、環境法典D594-5条)。

 高レベル放射性廃棄物等の地層処分場の建設・操業等の資金については、建設段階以降にANDRAに設置される基金に拠出することになるが、拠出方法の詳細は基金設置時に定められる予定となっている(原子力環境整備促進・資金管理センター, 2024)。なお、EDFの他に、OranoおよびCEAも廃棄物の量に応じて資金を拠出することになっている(Lehtonen, 2015, 2023)。

3.3. 専用資産による資金確保の特徴

 フランスの専用資産による資金の確保では、全ての原子力発電所について最初から必要な費用の全額が見積もられ、その現在価値が常に確保されている状態になる。専用資産の運用によって、その実現可能価額を増やしていく前提で、将来必要となる資金が予め確保されているということである。したがって、例えば発電所の運転期間などに紐づいた、積立期間といった考え方がない。運転期間中に、毎年、一定の金額を外部の基金に拠出する形をとっている他の国とは異なり、運転期間や発電電力量に依存しない形で費用が確保されるのが特徴である。例えば、原子力発電所に長期間運転(Long Term Operation:LTO)が認められたとしても、それによって資金を追加できる期間を延長できるということにはならず、制度上、その必要がない。また、経済的な理由により早期閉鎖を余儀なくされ、計画していた年数よりも運転期間が短くなった場合、当初予定していた運転期間で資金を積み立てていく場合には、必要な資金が確保できないリスクがあるが(OECD, 2016)、そのようなリスクは基本的には考慮する必要がないことになる。もっとも、見積費用が増加した場合に、追加の専用資産を確保するための資金を調達する必要があり、そのために運転期間の延長が必要になるという状況はありうる。

4. 近年の専用資産の管理

 EDFが毎年報告する費用の見積額と専用資産の実現可能価額によって、必要な専用資産を確保できているかどうかが判明することになる。専用資産の実現可能価額はもとより、費用の現在価値換算に適用される割引率も年によって変化するため、その結果は毎年変わり得る。

 バックエンド事業に必要な専用資産を確保する資金をライセンス保有者がどのように回収するのかについては、特に決まりはない。例えば、賦課金のように、発電電力量当たりの課金等が定められているわけではなく、費用回収の方法はライセンス保有者の選択に委ねられている。EDFの財務に関する年次報告等では、専用資産の確保に充当している特定の収益源というものは確認できないが、基本的には、EDFが、原子力発電による収入の中から資金を確保していると思われる。そこで、以下では、近年の専用資産による資金確保の状況がどのようになっているのかを確認する。

4.1. 専用資産の実現可能価額と充足率の状況

 事業者は、毎年、専用資産で賄うべき長期の引当金に対し、少なくとも100%に相当する実現可能価額の専用資産を確保しなければならない。2019年までは、必要とされる充足率(引当金に対する専用資産の実現可能価額の割合)は110%とされていたが、2020年にそれが100%に緩和された(OECD /NEA, 2021)2)

 図6は、過去3年間の専用資産で確保すべき金額と専用資産の実現可能価額、および、それらに基づく充足率を示したものである。見積費用の変化や、専用資産の運用結果によって、充足率は毎年変化するが、ここ数年は100%を上回っている。

 EDF(2024)によると、2023年末時点で、EDFが責任を負うバックエンド事業の見積費用は約943億ユーロで、現在価値換算した引当金の総額は約482億ユーロ、そのうち専用資産で充当すべき引当金は約340億ユーロである。それに対して確保されている専用資産の実現可能価額は約369億ユーロで充足率は108.5%である(表2)。なお、この金額は、セグメント別財務諸表におけるEDFのフランス国内における事業の総資産の約15%に相当する。

 見積費用の修正によって将来の費用(負債)が増加した場合には、ライセンス保有者は貸借対照表上、その増加分を専用資産の増額で対応しなければならない。実績額が見積額を上回った場合、年度末(最長でも5年後)までに専用資産を調整する必要がある3)。この義務の不履行には金銭的ペナルティが伴うことが環境法典L.594-9条で定められている。

 EDFの引当金が見積費用の100%に満たない状態は実際に2018年に生じている。2018年の充足率が98.3%となり、専用資産の追加が求められ、EDFとエネルギー省の間で、専用資産と総費用を再び一致させるための3年計画が合意された。すなわち、必要な資産を3年間で分割して追加していくことになった(OECD/NEA, 2021, p.123)。なお、実際には2019年に充足率は105.5%となっている。

4.2. 専用資産のポートフォリオ

 また、見積費用が増加する場合に加え、専用資産の実現可能価額が、運用の結果、減少することによって調整が必要となることもありうる。実際、2022年末の専用資産の実現可能価額は、前年を大きく下回っており、見積費用が前年と大きく異ならなければ、充足率は100%を下回る可能性もあった。2022年は、専用資産全体として8.5%減少した。

 専用資産の内訳は、2023年末の時点で38%が債券(Fixed income)、24%がインフラや不動産(Yield Assets)、残りが株式や株式ファンドの成長資産(Growth Assets)である4)。EDFは、専用資産のポートフォリオを、債券で30%、インフラや不動産で30%、成長資産で40%とする配分に近づけていく目標を立てている(EDF, 2023)。2020年から2022年にかけて、不動産・インフラへの投資による資産の割合は増加し、30%に近づいているものの、株式の割合は減少している(図7)。

 欧州委員会の文書では、フランスにおける専用資産の運用(投資)は、ポートフォリオに関する具体的な規則が整備されている点で、良好事例と評価されている(European Commission, 2013)。

5. まとめ:専用資産による資金確保の評価

 フランスでは、事業者であるEDFが、国の監視の下で、様々な規則に則って、将来必要となる資金を確実に確保することが求められている。本稿では、EDF内部の分離勘定で、「専用資産」という形で、運転開始時点から、将来必要となるバックエンド事業の費用の現在価値を常に維持することが求められていることを紹介した。専用資産による資金の確保は、あらかじめ必要となるバックエンド事業の費用が現世代によって支払われることを目指すものといえる。見積費用が増加するなどした場合には、その都度、専用資産も増額する必要があるが、こうした調整が規則通り行われれば、バックエンド事業が完了するまで、必要な資金が事業者の内部に残ることになる。バックエンド事業が全て完了した時には、必要な専用資産もゼロとなる。

 専用資産が不足し、その額を増加させなければならない場合、EDFは、発電や小売事業が欧州大の競争に晒される中で、自らの経営努力でその原資を確保しなければならない。本稿では、自由化後の厳しい経営環境の中でも、専用資産は見積もられた費用の現在価値に対して一定の裕度をもって確保されていることを確認した。なお、制度的にも、必要な充足率や、それを満たすための期間の設定などにおいて、財務の健全性にも一定の配慮がなされてきたことは注目される。

 もっとも、従来からEDFの株式の大半を国が所有してきたこともあって、万が一、資金の確保に問題が生じても、国が救済する可能性もあって、最終的な責任を負っているのは国(納税者)ではないかとの見方(Wimmers et al. 2023, p.56)もなされる点に留意が必要である。

 また、EDFが見積費用に対して十分な専用資産を確保していたとしても、見積費用が過小評価されていれば、資金不足になる可能性は否定できない(Wealer et al., 2019)。その意味で、可能な限り正確な見積費用とすることはフランスでも重要である。フランスのバックエンド事業の費用については、EDFが国内すべての商業炉のバックエンド事業を担うことで、一定の費用逓減効果が見込まれているものの、実際には、EDFの見積費用が過小との指摘もある(Dorfman, 2017, Wealer et al. 2019)。その背景には、欧州委員会の資料で、EU加盟各国のバックエンドの費用情報が掲載され、フランスが加盟国の中で低い水準になっていたことなどがある(European Commission, 2016)。もっとも、欧州委員会は、各国が提出したバックエンド事業の費用の見積は、前提条件等が異なるため、単純に比較できるものではないとしており、その国際比較には注意を促している。

参考文献

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  • 1)欧州では、ドイツの廃止措置に係る資金が、内部一体勘定型で確保されている。
  • 2)2020年7月1日の政令(Décret n°2020-830 du 1er juillet 2020)によって追加された環境法典D.594.15条による。以前は、2007年2月23日の政令(Décret n° 2007-243 du 23 février 2007)で必要な充足率が110%とされていた(OECD/NEA, 2021)。
  • 3)以前は、経済や金融市場の状態を考慮して、当局が期間を定めていた(最長で3年)。OECD/NEA (2016a, p.135)参照。
  • 4)2010年以降、実物資産への分散投資が進んでいたとされる(Irrek, 2019, p.153)。また、2010年末には、送電子会社RTEの株式を専用資産の一部に充てていたとされる(OECD, 2016a, 132-133)。EDF Investmentのウェブサイト(https://www.edfinvest.com/infrastructure.php 閲覧日:2024年12月13日)によれば、EDF Investmentが保有している20のインフラ資産にはRTEが含まれているとされる。

服部 徹Toru Hattori
電力中央研究所 社会経済研究所

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