原子力技術研究所 放射線安全研究センター

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低線量放射線研究センター 研究成果発表と講演の会
「線量率放射線研究〜10年の成果と今後の展開〜」


(平成17年12月15日開催)


 平成17年12月15日(木)、KDDIホール(東京大手町)において、研究成果発表と講演の会「線量率放射線研究〜10年の成果と今後の展開〜」を開催いたしました。
 今回は、当センターが外部の研究機関と連携して進めてきた低線量放射線の生物影響研究について、この10年間でどこまで解明できたのかを、ヒト・動物・細胞のそれぞれのレベルで得られた研究成果に基づいてご紹介するとともに、今後の研究のあり方について、理学、工学、生物、医学等、様々な分野からの参加者と議論し、今後の研究計画に反映することを目的としました。
 当日は、当センターの石田センター長による成果報告と、連携研究の成果として三根真理子先生(長崎大学)、米澤司郎先生(元大阪府立大学)、渡邉正己先生(京都大学)をお招きしてご講演をいただいたほか、丹羽太貫先生(京都大学)をお迎えして特別講演をしていただきました。講演に引き続き、総合討論でも、多くのご参加の方々(総数137名)を交え、活発な意見交換がなされました。

【岡本常務理事あいさつ】
 
低線量放射線影響の研究が見直され始めたのは、1981年に発表された米国のラッキー博士の論文がきっかけであった。電中研では、この論文に早い段階に注目し、1980年代の後半に低線量放射線影響の研究を開始した。当時発生したチェルノブイリ発電所の事故などもあり、放射線はいくら少しでも人体に悪い影響があるとの考え方が一般的であったが、低線量放射線の影響を科学的に正しく理解することが非常に重要であると考えての研究開始であった。
 私どもでは2つの方針で研究を展開した。一つは、所内に研究グループを作り、生物学的な核となる研究を進めるとともに、外部の色々な情報を正しく評価できるようにすること、もう一つは、私どもだけでは力不足なので、10あまりの大学医学部や薬学部や国立研究所の先生方と研究プロジェクトを立ち上げ、研究の輪を広げることであった。本日ご講演いただく三根先生、米澤先生、渡邉先生、丹羽先生には当時から中心となってご指導、ご協力いただいている。
 このような形で研究を進め、1996年には「新しい放射線によるパラダイムを求めて」と題するレビュー記事を日本原子力学会誌に寄稿した。そこでは、低線量放射線照射による放射線抵抗性の獲得や免疫細胞の活性化などの研究成果を紹介するとともに、「低線量域においても放射線障害が見られる」と言う従来のパラダイムに対する疑問を喚起した。
 低線量放射線に対する影響は、一般の方々は勿論だが、関係者や専門家の間でも必ずしも定着していない。皆様には、本日の発表会がこの問題に興味を持っていただき、考えていただく契機となれば幸いである。


【当センターからの研究成果発表】

「10年前の問題提起とその解決に向けての取り組み」
 センター長 石田 健二
 当所は1993年に大学など約15に及ぶ外部研究機関の参加を得て「低線量影響 研究プロジェクト」を立ち上げた。精力的な研究により、約3年という短い期 間で「高線量域に見られる生体障害作用が低線量域にも見られる」という従来 の放射線生物学・防護のパラダイムに矛盾する様々な現象を見いだし、我が国 における放射線生物研究の活性化に貢献した。
 その後、実験動物に低線量率放射線を長期照射する設備を設置し、放射線の 線量率効果に着目した実験を他に先がけて実施してきた。その結果、放射線の 生物影響は線量率に強く依存することがわかり、線量と線量率の関係により 「生物影響が見られる領域」、「見られない領域」、および逆に「生理学的に 有益と言える領域」の三つに分類されることを明らかにした。


【講演】

「原爆被爆者の調査研究からみた放射線のリスク」
 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科
 助教授 三根 真理子
 広島の放射線影響研究所が公開したデータを用いてヒトへの放射線影響を解析した。データを全線量域で見ると、高線量域のデータに引っ張られる形でリスクが線量に比例するという傾向が見られるが、0.5Sv以下の低線量域だけに着目すると、がんおよびがん以外の死亡のいずれについてもリスクの有意な増加は見られなかった。


「放射線適応応答 〜マウス個体の放射線抵抗性獲得〜」
 元大阪府立大学教授 米澤 司郎
 培養細胞のレベルで知られていた「放射線適応応答」に着目し、この応答がマウス個体のレベルでも生ずることを実験的に確認した。あらかじめ低線量の放射線を照射したマウスに、致死量を超える高線量照射を行った場合、マウスの死亡率が大幅に低下し、生き残ったマウスの寿命にも変化がないことを明らかにした。また、この現象にはがん抑制遺伝子p53の働きが密接に関わっていることが明らかになった。

「低線量放射線による発がんの一次標的はDNAであろうか? 〜バイスタンダー影響と遅延型影響〜」
 京都大学原子炉実験所 教授 渡邉 正己
 近年、放射線により直接損傷を受けていない細胞でのがん発生の可能性を示す「バイスタンダー効果」および「遅延型影響」が注目されるようになった。これらの現象に着目した研究により、放射線発がんの原因は、従来考えられていた「DNA損傷による突然変異」ではなく、長寿命のラジカルによるDNA以外のタンパク質の損傷である可能性を示した。

【特別講演】

「低線量影響研究への期待 〜放射線防護の立場から〜」
 京都大学放射線生物研究センター 教授 丹羽 太貫
 ICRPは放射線防護の基本的考え方として「LNT仮説」を採用している。LNT仮説を裏付ける機構解明の試みが数々なされているが、どれも十分に説明できるまでには至っていない。特に、低線量率での照射では、細胞の寿命があることから線量が無限に集積されることは考えられず、LNT仮説で採用されている線量の集積性の否定につながる可能性があり、非常に興味ある研究分野としてますますの発展が期待される。

【総合討論】

 講演ののち、当センター酒井副センター長を座長として、各講演者参加による総合討論が行われました。講演者からだけでなく、会場からも質問や意見が相次ぎ、活発な議論が交わされました。

総合討論での議論の概要はこちら

 今回は、これまで10年にわたる研究成果を振り返り、今後の課題を再認識し、共有できた点で有意義な研究発表会となりました。開催にあたり、ご講演頂いた先生方、会場まで足を運んでいただいた多数の方々及び関係者各位に、この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。

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