原子力技術研究所 放射線安全研究センター

HOME > イベント報告 > 低線量放射線研究センター設立記念シンポジウム

低線量放射線研究センター設立記念シンポジウム(2001年5月16日開催)のご報告

「開会挨拶 パネルディスカッションの詳細は こちら

電力中央研究所は、低線量放射線影響に関する研究と情報発信を使命とした「低線量放射線研究センター」を2000年10月に設立しました。

去る5月16日(水)、当研究センターの設立を記念して、国際放射線防護委員会(ICRP)委員長のRoger H. Clarke博士、仏国科学アカデミー会員(元フランス国立がんセンター総長)Maurice Tubiana博士、ならびに京都大学名誉教授(国立京都病院名誉院長)菅原 努博士を講演者にお招きして、シンポジウム「低線量放射線防護の科学的根拠を求めて」を開催いたしました。

その概要をご報告いたします。


開会の挨拶をする 佐藤太英 理事長

「はじめに」

(財)電力中央研究所は、10年ほど前から大学など、外部の研究機関と共同で低線量放射線の影響研究に取り組み、放射線ホルミシス効果の存在を明らかにし、「放射線はいかに低い線量でも生物に悪い影響を与えるだけと考えられていたこれまでの概念」を見直す国際的な機運の高まりに大きな役割を果たしてきた。

このような流れをさらに大きくするため、昨年の10月に「低線量放射線研究センター(LDRC)」を東京都狛江市に設立し、低線量放射線の生物影響に関する研究を自ら推進すると同時に国内外の研究をプロモートし、得られた成果を社会に発信していく体制を整えた。LDRCでは、原子力の開発利用がますます重要となる21世紀を見据えて、人々の放射線影響に対する正しい理解がいっそう進むように、また、合理的な放射線防護基準を見直す動きへの寄与、さらには医療への応用を目指して研究を進めている。

LDRCでは、設立を記念して5月16日に日経ホールで「低線量放射線防護の科学的根拠を求めて」と題したシンポジウムを開催した。このシンポジウムには、海外から、放射線防護のオピニオンリーダーであり、現在、国際放射線防護委員会(ICRP)の委員長であるクラーク教授をお招きした。また、クラーク教授とは異なる観点から放射線防護のあり方を主張し続けてきた放射線医学の世界的な権威者であり、フランス科学アカデミー会員で、現在、パリ大学ベクレル研究所長のテュビアナ教授をお招きした。さらに、わが国の放射線生物研究をリードしてきた京都大学医学部名誉教授であり、現在、(財)体質研究会理事長の菅原努先生にも講演をいただいた。それに加えて当センターの上席研究員である酒井一夫から、低線量影響に関する最新の研究成果を紹介させていただいた。当日は、約400名という多数の方々の参加を得て、放射線防護と放射線生物学者という立場を異にした4名の専門家による活発な討論が行われた。

以下に4名の専門家による当日の講演内容を要約して紹介する。

機ツ秬量放射線に対する生体応答

低線量放射線研究センター
上席研究員 酒井 一夫

放射線が生物に及ぼす影響というと、広島、長崎の原子爆弾の影響、チェルノブイリ事故や昨年のJCOの事故などの暗いイメージが頭に浮かび、放射線は悪者以外の何者でもない、と感じる人が多いのではないだろうか。しかし、最近の研究により、低い放射線量に対しては生物が実に巧妙な応答をしていることが明らかになってきた。「毒か薬かは量が決める」と言われているが、放射線の場合にも高い線量と、低い線量で生物に及ぼす影響が大きく違っていることがわかってきた。以下に紹介された事例を示す。

1.放射線適応応答

放射線適応応答とは、あらかじめ低い線量の放射線を受けたマウスが、その後の高線量放射線に対して抵抗性を獲得する現象を意味している。大阪府立大学の米澤教授との共同研究によれば、マウスに約8グレイ(Gy)という高線量を与えると、1ヶ月後の生存率はわずか1割程度であるが、高線量を与える2週間前に、0.5Gyという比較的低い線量を照射しておくと、生存率は実に8割にも上がる。つまり、0.5Gyという低い線量の照射が引き金となって、2週間という時間間隔の間に、マウスの体の中で何らかの変化が起こり、その後の致死線量に対する抵抗性がもたらされたと言える。

2.抗酸化物質の増強

近年、体の中の細胞に障害を与える物質として活性酸素が注目されている。低線量放射線を照射することによって、このような活性酸素を除去する物質の量が増えることがわかってきた。低線量放射線が、活性酸素の攻撃から細胞を守る働きを高めている可能性がうかがえる。

3.DNA修復機能の活性化

DNAは、その上に遺伝情報を載せている重要な分子である。このDNAに傷ができると遺伝情報が正しく伝わらない恐れがあるため、細胞の中にはDNAの損傷を修復する仕組みが備えられており、この働きが低線量放射線によって活性化する場合のあることがわかってきた。

4.細胞自爆機構(アポトーシス)の活性化

生物には、成長の過程で不要になった細胞を除去する巧妙な仕組みが備わっている。すなわち、不要になった細胞を自爆させ、速やかに体内から除去する仕組みであり、オタマジャクシの尻尾の消失や、胎児の時に見られる水掻きの消失などが知られている。これがアポトーシスの意味するところであり、DNAの上に修復できない傷を受けた細胞も自爆して除去される機能が働くことがわかってきた。現在、最も関心を集めていることは、このアポトーシスによって「がん細胞の予備軍」が除去されるのではないか、そして、低線量放射線がこの働きを高めるのではないかと言うことであり、多くの研究者の注目を集めている。

5.免疫機能の活性化

低線量放射線によって活性化される機能の一覧が紹介された。その中に免疫機能があり、低線量放射線によって機能の増強を示す事例が示された。

6.発がん抑制効果実験の最新データ

放射線の害と言えば多くの人が「発がんの問題」と答える。発がんの機構を眺めてみると、上記の1〜5に示す諸機能の活性化が「発がん」を抑えると予測できる。この仮説を検証するため、当センターにある「低線量率放射線長期照射設備」を用いてマウスの連続照射実験を行った。

実験にはセシウム137ガンマ線源を使用する。マウスは飼育棚に置かれたケージの中で飼育する。放射線の線量率は線源からの距離を変えることによって調節する。マウスは、先ず、それぞれの位置で1ヵ月ほど照射し、その後にメチルコラントレンという発がん剤を投与し、低線量放射線ががんの発生にどのような影響を与えるか観察する。

発がん剤を投与しただけのマウスでは、投与してから216日経過した時点で約94%のマウスにがんが発生した。しかし、線源から5mの距離に置いた飼育棚で飼われたマウスでは、発生率がこれよりも明らかに低くなっており、低線量率で連続照射することによってがんの発生が抑制されることを示唆できた。

現在の放射線防護の仕組みは「放射線はどんなに微量であっても有害であり、しきい値はない」という仮説(LNT仮説と略す)に基づいて作られている。これは、高い線量で知られていた情報を、低い線量にまで外挿した考え方であり、低線量の放射線領域での実際のデータに基づくものではない。

最近の研究により、生物には低線量放射線に対して巧妙に生体応答する機能が備わっていることがわかってきた。このような生物の持っている巧妙な応答が生じる条件(線量、線量率など)とメカニズムを解明することにより、科学的な根拠に基づいた、より合理的な放射線防護の仕組みを作ることができるものと信じている。

供ッ羚餽蘯然放射線地域研究で見られたパラドックス

京都大学名誉教授・体質研究会理事長
菅原 努

中国の広東省陽江県には、大地の自然放射能レベルが高いところ(HB地域と略す)がある。中国ではこのHB地域において1972年から「がん死亡率」の疫学調査を開始し、1992年からは日本との共同研究へと発展し、現在に至っている。

そこでは、放射線量の測定、がん死亡率の統計解析およびヒトの末梢血の染色体異常についての分析・調査が行われてきた。

比較対照する地域(対照地域と略す)としては、陽江県に隣接する恩平県・台山県から、地域と住民の生活様式が似ている農村が選ばれた。HB地域と対照地域とも人口は約8万人であり、その中から、3世代以上同じ地域に住んでいる人々を選び、調査の対象とした。今回紹介された内容は、1979年〜1995年までの調査結果に基づくものである。

1.がん死亡率について

年間平均の個人が受ける放射線量は対照地域の2.4mSvに対してHB地域は6.4mSvにも及ぶ。調査されたがんの種類は、白血病と固形腫瘍の2種類であり、線量に対する「がん死亡率」の変化が解析・評価され、次の結果が得られている。

・自然放射線量の増加に対してがん死亡率の有意な増加は認められない。

・年齢別にがん死亡率を整理してみると、逆に、いずれの年代層でもがん死亡率が減少する傾向が認められる。

2.染色体異常について

HB地域住民のがん死亡率はもともと全死亡率の高々約10%と低いことから、統計上の誤差が大きく、疫学調査によってがん死亡率と線量の関係を定量評価することは難しい。このため、末梢血の染色体異常に注目して、線量との相関関係を分析・調査してみた。

染色体異常には、染色体が分裂を繰り返すうちに消滅する異常(不安定型異常と称し、二動原体性染色体や環状染色体と呼ばれる異常がこれに含まれる)、および分裂しても残存してがんなどの影響を誘導する異常(安定型異常と称し、転座と呼ばれる異常がこれに含まれる)があり、以下に示す結果が得られている。

・不安定型異常は、もともと年齢の増加に伴って増える傾向にあるが、HB地域では個人の集積線量に依存して直線的に増加する。

・しかし有害な影響につながる安定型異常は全く増加が見られていない。

このように、中国のHB地域における疫学データは、不安定型の染色体異常の増加があっても「発がん」には直接には関係しないことを示すものであり、DNAの損傷が直ちに発がんにつながるというLNT仮説に問題を提起する結果となった。

掘ィ稗達劭个隆靄寨念の変化−防護理論と原則の進展

ICRP委員長 R.H.クラーク

1951年にICRPが現在の名称に変わってから50年が経過した。わが国の放射線防護に関する現在の法令は1990年に勧告されたICRP Publ.60を参考として改正されたものである。

ICRPでは、2005年を目途に放射線防護の新たな勧告を行う予定であり、その基本的な考え方をクラーク博士は1999年に学会誌(J.Radiol.Prot)に発表して広く意見を求めることにした。従来のICRPの主勧告が、ほとんど事前に関係者の間の議論がないまま発表されてきたことと比べると、画期的なことと言える。

1.クラーク提案の要点

クラーク提案によれば、放射線防護の対象となる被ばくは、制御可能な線源(Controllable Source)から個人が受ける線量とし、これまで採用してきた集団線量から個人線量に基礎を移し、最も多く被ばくした個人の健康に対するリスクが問題にならないものであれば、いかに多くの人が被ばくしようとも全体のリスクは問題にしないと言う。低線量放射線の健康影響については、現在、疫学および動物実験のいずれにおいても決定的なデータはなく、放射線影響に「しきい値」があると言うだけの根拠はない。

被ばく管理の対象としては、公衆被ばく、職業被ばくおよび医療被ばくを平等に扱い、どのような個人も確実な防護を受ける防護体系とする。このためには複数の線量区分を設定し、それぞれの区分に応じた防護対策レベル(Protective Action Levels)を設けることとし、次表に示すように自然放射線被ばく線量(1〜10mSv)を基準として、6つのバンドに分けるクラーク提案を行った。

このクラーク提案についてはわが国でも保健物理学会でも検討が進められており、近々、意見の集約がなされるものと思われる。

表.防護対策レベルを設定する際に考慮すべき事項
(クラーク提案)

レベル区分と線量の
範囲
防護の対象者 選択可能な線源に
対する防護対策
第6区分(Serious)
 >100mSv
公衆 線源除去、大幅削減
患者(診断) 正当化の再考
職業人 線源除去、大幅削減
第5区分(High)
 10〜100mSv
公衆 線量低減
患者(診断) 診断方法の再考
職業人 線量低減計画
第4区分(Normal)
 1〜10mSv
公衆 線量低減
職業人 対策不要
第3区分(Low)
 0.1〜1mSv
公衆 線量低減を考慮
職業人 対策不要
第2区分(trivial)
  0.01〜0.1mSv
全ての被ばく 免除を考慮
第1区分(Negligible)
 0.001〜0.01mSv
全ての被ばく 常に免除

検ツ秬量放射線の発がん作用−しきい値無し直線仮説の位置づけ

パリ大学ベクレル研究所長
M.テュビアナ

1.放射線によるDNA損傷と修復

放射線による細胞死あるいは突然変異の原因はDNAの上に生ずる切断であると考えられている。切断には1本鎖切断と2本鎖切断がある。放射線によって細胞の中に誘起されるDNA切断は、1Gyあたり、1本鎖切断が1000、2本鎖切断が40である。これに対して日常的な代謝の過程で1日あたりに 10,000の1本鎖切断と8つの2本鎖切断が生ずると見積もられている。

一方、細胞にはDNA切断を修復する仕組みが備わっている。このDNA修復の仕組みが20mGyといった低い線量で活性化されることや、低線量放射線を照射された細胞が細胞周期の進行を一時的に停止して、修復のための「時間稼ぎ」をするという巧妙な仕組みを備えていることもわかっている。このように、生物作用の原因となるDNA切断は、線量に比例して直線的に増加するわけではない。

2.放射線による細胞死・突然変異・がん

線量と生存率の関係を調べてみると、0.2Gyまでの高感受性の領域、これよりも高い線量で修復機能が誘導される抵抗性の領域、さらに高線量で回復機能が対処しきれない感受性の高い領域に分かれることがわかる。また、細胞は周囲を別の細胞に囲まれていると感受性が低下するという報告もあり、周囲の細胞との相互作用が感受性に影響を与えていることがわかる。この点、個々の細胞は独立であるというしきい値無し直線仮説(LNT仮説と略す)の前提とは異なる。

突然変異や染色体異常を指標として調べると0.2Gy以下では有意な上昇は見られず、このあたりにしきい値が存在することが示唆される。小核形成を指標とした場合にも0.2Gyまでは有意な増加は認められず、これを超えた線量で増加する。発がんに関しては、DNAに生じた損傷の修復や修復誤り、DNA損傷を持った細胞のがん化や死、がん化した細胞の増殖など、いくつものプロセスを経なければならないと考えられており、細胞の受けた損傷が直接的にがんになるというLNT仮説の前提とは状況が大きく異なる。実際に、動物実験に関する文献調査では、急性被ばくに関しては200mGy前後のしきい値が示されている。

3.疫学的データ

LNT仮説の根拠として重要な疫学データは、広島・長崎の原爆被爆生存者のデータであるが、様々な年齢の集団の、様々な組織の腫瘍が混ざっていること、中性子の線量に関して系統的な誤差があることなどの問題点が指摘されており、最近では、曲線的な線量効果関係になるのではないかとの説も唱えられている。疫学データとしてはこの他に、放射線治療を受けた乳がん患者の2次発がん、治療のために放射性ヨウ素を投与された患者における発がんなどがあるが、いずれも非直線的な、しきい値の存在を示唆するような線量効果関係が示されている。

最後にテュビアナ教授は、「LNTモデルは、放射線防護のためには便利な方法であるがその科学的根拠は極めて弱い。少なくとも自然放射線のレベルである1〜10mSvの領域においては直線的な外挿には細心の注意をはらうべきであり、1mSv以下の線量域においてはリスクを考慮すべきではない」と述べられた。

「おわりに」

講演に引き続き当所名誉研究顧問の田ノ岡宏を座長としてパネルディスカッションが行われた。

座長からの「放射線の影響にはしきい値があるか」という質問に対して1名が無し、3名がさらに研究が必要と答えたことから会は始まり、将来の放射線防護の指針はさらに厳しくする必要があるかという質問に対して全員がその必要は無いと答えて終了した。

ICRP委員長のクラーク教授と仏国科学アカデミーの重鎮であるテュビアナ教授が、同席して議論することは国内で初めてのことであった。また国の委員の方々(原子力委員、原子力安全委員)と多数の原子力関連の学会員(保健物理学会、原子力学会、放射線影響学会など)が一堂に会して放射線防護のあり方について意見交換するのも希なことである。このような場をLDRCが設定できたことに対し、参加いただいた皆様に感謝する。

以 上

このページのTOPへ

Copyright (C) Central Research Institute of Electric Power Industry