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低線量放射線影響に関する国際シンポジウム
International Symposium on the Effects of Low Dose Radiation
「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」
A Search for Joint Problems between Low Dose Radiation and Radiation Protection
(平成14年9月25日開催)

平成14年9月25日(水)、東京・経団連ホールにおいて、国際放射線防護委員会(ICRP)第1委員会委員長Roger Cox博士、原子力安全委員会委員長代理松原純子先生他、国内外の専門家の先生方を講演者にお招きして、低線量放射線影響に関する国際シンポジウム「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」を開催いたしました。

当日は、約330名という多数の方々にご参加いただき、2件の基調講演及び5件の研究紹介ならびに講演者全員をパネラーとした総合討論が行われました。


佐藤理事長による開会の挨拶

【はじめに】

昨年5月に開催した低線量放射線研究センター設立記念国際シンポジウムでは、ICRP委員長のクラーク博士をお招きして、これからの放射線防護のあり方について議論しました。

今回は、昨年のシンポジウムに引き続き、ICRPから放射線影響評価を主要な役割とした第1専門委員会の委員長のコックス博士をお招きし、日本放射線影響学会、日本保健物理学会および日本原子力学会保健物理・環境科学部会の共催を得て、低線量生物影響研究と放射線防護の接点について議論することといたしました。

すなわち、本シンポジウムでは、放射線の生物影響と防護に関わる方々にご参加いただき、合理的な放射線防護体系の構築に必要な生物データはどのようなものか、また、ICRP勧告に反映されるためにはどのような条件をクリアしなければならないかなどについて、共に考えることを目的としました。

以下に、ICRP第1専門委員会委員長のコックス博士と原子力安全委員会委員長代理の松原純子先生による基調講演の内容をご紹介します。

電離放射線被ばくの発がんリスクについては、これまでの動物実験および人の疫学調査によってダイオキシンなどの環境発がん物質と比較して格段に多くの情報が得られているが、放射線防護基準に反映させるためには未だ次に示すようになお不明な点があり、さらに解明する必要があると、ルールメイキングサイドからの慎重な発言がなされた。

「放射線防護における低線量放射線研究の位置づけ−現状と将来−」

ICRP第1専門委員会委員長
ロジャー コックス


講演を行うコックス博士

このような状況において、低線量放射線による少数のDNA損傷の追加を無視できるのだろうか?

内因によるDNA損傷は孤立して発生するため修復されやすい。しかし、放射線は局所的に集中した損傷を起こしうる。このような傷の集団(クラスター)は修復されにくいために後に残ることになる。放射線は少量でもこのようなタイプのDNA損傷を生じるため、発がんの影響を無視することはできないであろう。

また分子細胞レベルの研究が進むと、放射線を受けた細胞だけではなくその近傍にある細胞が連動して応答する現象(バイスタンダー効果)や、放射線を受けてかなりの時間を経過した後に遺伝子の異常が増える現象(遺伝的不安定性)と、発がんとの関わりが注目されてきた。これらの現象が発がんリスクにどの程度関与するかまだよくわかっていない。

細胞に生じるストレスに対する防護機構としては、生体に有害な活性酸素を消去する抗酸化機能、回復が難しいダメージを受けた細胞が自発的に死んでいく作用(アポトーシス)、あるいは前がん細胞の増加を監視する免疫機構などがある。がん化機構の研究は、放射線影響研究とは関係ない分野で急展開している。この分野の研究成果をとりいれて放射線発がん機構の解明をすることが大事である。現在、各種の遺伝子を人工的に欠損させた特殊なマウス(ノックアウトマウス)が多種多様につくられている。これらの中から放射線発がんに関連すると思われるノックアウトマウスを選別して注意深い計画で実験をすれば、放射線発がんの機構は画期的に進歩することが期待される。

コックス博士の講演を受けた形で松原原子力安全委員長代理から、低線量放射線に対する個体レベルの防衛反応の重要性を示唆する基調講演がなされた。

「放射線防護における個体レベルの研究の重要性」

原子力安全委員会 委員長代理
松原 純子


松原原子力安全委員長代理による講演

100mSv以下の低線量の放射線リスクに付いては、大規模な疫学調査によっても人に対する影響が明確でないために、放射線防護の目的で放射線発がんにかかわるしきい値なしの線形(LNT)仮説が使われている。

放射線規制者や管理者がLNT仮説を放射線防護のための基本に応用することは、その推定がしきい値があるとする説に比べてより安全側であると考え、正当化しているように思われる。公衆は低線量の放射線影響の実態そのものに関心があり、原子力利用について公衆の判断を求める場合、規制者や専門家や事業者は公衆に対して低線量の放射線影響の実態を説明する責任がある。

低線量域におけるLNT仮説の形式的応用や現実との混同には問題があり、専門家は分子生物学から疫学にわたるミクロからマクロの放射線生物学の知見を総合的に判断して、低線量の放射線影響の実態に関する現実に即した見解を提示すべきである。

低線量放射線を受けた後に細胞レベルおよび分子レベルでさまざまな防衛反応が起こることは、国連科学委員会(UNSCEAR)報告でも総括されているが、このほかに個体レベルで防衛反応が起こることは無視されている。放射線被ばくにともなう発がんリスクの正しい理解には、がん化促進過程において個体の防衛機能がどのように働くのか見極めることが重要なポイントとなる。

化学物質または物理的な刺激が生体に及ぼす影響は、少量であれば多くの場合にプラスの効果(ホルミシス効果)を示すことが知られている。放射線に特有な反応があるにしても、個体は低線量の放射線に対して生体防御することを解明する研究は、単なる細胞の障害や発がん因子の解明と言う解析研究とは別の創造的研究計画の発案につながるのではなかろうか。

低線量放射線が生物個体に及ぼす影響の実態を直視し、その障害を防護する機能を解明することができれば、積極的な放射線防護への道が開かれるであろう。

以上の基調講演の後、放射線生物影響に関する以下の講演が行われました。

・酒井 一夫 (財)電力中央研究所 低線量放射線研究センター 上席研究員
「わが国における低線量研究の最近の成果」

・野村 大成 大阪大学医学部 教授
「放射線発がんにおける線量・線量率効果」

・渡邉 正己 長崎大学副学長 薬学部教授
「放射線発がんへの遺伝子の不安定性のかかわり合い−中国での疫学研究結果の1つの解釈−」

・ロナルド E.J. ミッチェル カナダ原子力公社 チョークリバー研究所 放射線生物学・保健物理学部門長
「低線量放射線に対するマウスの適応応答:放射線防護の中での位置づけ」

・丹羽 太貫 京都大学放射線生物研究センター長 教授
「放射線発がん機構の解明と放射線防護における意義 」

これらの講演のあと、講演者全員により講演内容に関する総合討論が行われました。

以下に各講演及び総合討論に対して、参加者と行われました質疑の概要をご紹介します。


講演者全員による総合討論

【質疑・応答】

Q1:原爆被ばく者のデータを金科玉条のように扱うが、高い線量率の被ばくであるという問題、線量の評価の正確性などの問題がある。
A1:それらの問題については常に議論している。このような不確実性を認識した上で、これらの情報の重要性を指摘している。また、十分に議論に耐え得る情報であれば放射線防護基準の基礎として受け入れる準備がある。

Q2:生体にがんを抑えるような仕組みが備わっているというが、それならばどうして日本人の半数ががんで死亡するようなことになるのか。
A2:生物にとって重要なのは、次世代を残すまで個体を生き長らえさせることである。多くの生物にとっては生殖年齢に達するまでが大仕事であり、人間のように生殖年齢に達してからもさらにその2倍以上も生き延びるようなことは本来生物は想定していない。このような状況では、細胞が「節度」をもって増殖するというシステムに支障が生じ、これががんとして発症する。言ってみれば、生殖年齢以後の人生はボーナスである。

Q3:線量率が下がるに従って、発がん率が下がることを明確に示していただき感謝したい。さらに線量率が低下し、自然放射線レベルになったときには発がんの増加がなくなる可能性があると考えてよいか。
A3:組織の種類にも依存するが、そのような可能性はあると考えてよいと思う。

Q4:生物は自然放射線の存在の中で生まれ、進化してきた。従って、このような生物が低線量放射線に対する備えをもっているのは当然のことであり、微量の放射線が体に良いのも当然のことと思われる。どうして演者の方々はこの点を強調しないのか。
A4:生物が自然放射線の中で進化してきたのは間違いないが、生物がもっている様々な「防御機構」は必ずしも放射線のために発達してきたわけでなく、酸素を利用することの副産物である活性酸素に対抗するためと考えられる。従って、低線量の放射線の影響については科学的な情報に基づいて判断すべき問題である。


会場からの質問に答えるコックス博士

【おわりに】

昨年度のシンポジウムは、これからの放射線防護のあり方についての議論でしたが、本年度は放射線生物影響研究のデータがICRP勧告に反映されるためにはどのようにすればよいかという昨年度の議論を一歩進め、生物影響研究成果を放射線防護基準に取り込むための溝を埋めるための一助となるようなシンポジウムにしたつもりです。当センターでは、今後もこのような低線量放射線の理解のための様々な活動を展開していきたいと考えています。

最後に、今回の国際シンポジウム開催にあたり、共催頂いた日本放射線影響学会、日本保健物理学会、日本原子力学会保健物理・環境科学部会の3学会様、ご講演頂いた先生方、会場まで足を運んでいただいた多数の方々及び関係者各位に、この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。

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